倉敷堤窯  武内真木

倉敷堤窯
武内真木
岡山県倉敷市

略歴
1955年 倉敷市に生まれる
1960年 父 晴二郎 酒津堤窯を築く
1977年 玉川大学卒業と共に栃木県益子町浜田窯に弟子入り
1979年 父 晴二郎 病死 酒津堤窯を継承
(後に倉敷堤窯と改名)
2006年 第6回倉敷民藝館賞を受賞

倉敷堤窯は、倉敷市西を流れる高梁川の旧い堤の跡に、1960年武内 晴二郎氏によって築窯されました。
武内 晴二郎氏は、倉敷の大原美術館初代館長、武内 潔真の次男として生まれ、日本民藝運動をおこした河井寛次郎や濱田庄司、柳宗悦らから教訓を受け、型物を中心にスリップや型押、練上、象嵌などの技法を用いて作陶されました。1979年に死去された後も、全国各地の民藝館で「武内 晴二郎展」が開かれ、今なお多くのファンに指示され、また現代の陶工に多大なる影響を与え続けています。

そのご子息、武内 真木(マキ)氏は倉敷に生まれ、1977年に栃木県益子町の浜田窯に入門。1979年に晴二郎氏が亡くなられた為、同年、倉敷の酒津堤窯を継承し、後に倉敷堤窯と改名されました。以来、倉敷でとれる粘土を使い作陶されています。2006年には倉敷民藝館賞も受賞されています。

倉敷堤窯にお伺いすると、高梁川周辺や酒津公園の喧噪とは無縁の静寂な空気が流れています。品格あるご自宅までのアプローチには草花が植えられ、玄関先には素晴しい大瓶が配置されています。玄関ベルを鳴らすまでに、ついついキョロキョロと周りを眺めてしまいます。


武内 真木氏はとても穏やかなお人柄の方です。それが、器にも反映されているように思います。
「広く使え、飾らぬ美しさと力強さを持った器」をモットーに作陶されているのですが、指描きやスリップでも優しさが見受けられるような気がします。作陶されている時のお姿は、他の民藝をされている方々同様、職人独特の静寂さに包まれています。その手を休めて毎回様々な話をして頂くのですが、本当に興味深い内容ばかり。「轆轤に向き合っている時間は本当に短いんですよ。器作りは本当にやることがたくさんあるんですよ。だから1人でやっていると、そんなに物はたくさん作れません」とおっしゃる真木氏。ご自身で地元の粘土を取りに行かれるそうですが土は自然のもの。その取れた土でスリップの上がり具合も全く変わってくるとのこと。先代の晴二郎氏が粘土を取りに行っていた場所は、現在ゴルフ場になってしまっているそうです。


この作業場で作られる器の数々。「これはまだ試作品なんですが...」とカップを見せて頂きました。何度も試作を重ね、モットーである「飾らぬ美しさと力強さ」への追求はもちろんのこと、使い手がずっと使ってくれるような使い易さへの追求。お話をさせて頂く度に、何十年と民藝に携わる民藝の職人である真木氏の実直な姿勢に感嘆してしまいます。




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