小鹿田焼

江戸時代中期の1705年に大分県日田市皿山で開窯し、300年以上の歴史がある小鹿田焼。一子相伝の世襲制が守られ、昔と変わらない技法と伝統が受け継がれています。1995年には国の重要無形文化財保持団体の指定を受けました。

唐臼が土をつく音と川のせせらぎが響き渡り、誰しもが心穏やかになるのんびりとした佇まいをしている小鹿田皿山。10軒の窯元が、土作りから窯出しまで今も全て手作業で行っており、周辺集落の山から土を採取し10軒の窯元で均等に分け合った後、10日間ほど乾燥させ、唐臼のみで2週間かけて土作りをします。その後様々な行程を経て、ひと窯分の陶土を作るのに2か月を要すと言われています。これだけの時間を要し、土も各窯元で均等に分け合うのですから、大量生産はできません。


民藝とは、本来その土地にあるもので作られるものと言われています。小鹿田皿山では土、釉薬の原料となる灰など全て地元のものを使うということが守られているそうです。守るべき伝統は守りながら、ライフスタイルの変化に応じて焼き物も少しずつ変わってきた小鹿田焼。

写真は、現在は引退されている坂本茂木氏。小鹿田の名陶と言われている方ですが、お孫さんの坂本創氏が修行から小鹿田に戻られることを機に引退。茂木氏のご子息である坂本工氏いわく「轆轤は2つしかないからね」とのこと。実は茂木氏の器を見て小鹿田焼に惹かれたので、茂木氏の引退はとても残念でしたが、こうやって300年以上、父から息子へそしてまたその息子へと小鹿田の伝統が継承されてきたんだと実感した瞬間でした。



小鹿田焼の代表的な技法として挙げられるのが、轆轤を蹴りながら鉋を当て焼き物の表面に刻みを入れる「飛び鉋」。うつわを轆轤で回転させながら化粧土を塗布した刷毛目を打ち付けて模様を描く「刷毛目」。櫛状の道具を使って波型の曲線を描く「櫛描き」。化粧土が乾かないうちに指先でジグザグの曲線を描く「指描き」。釉薬または化粧土を柄杓にくみ打ちかける「打ち掛け」。スポイトなどに入れた釉薬または化粧土を一定の高さから垂らすようにして掛ける「流しがけ」。

これらの伝統的技法を用いて各窯元が器を作っているのですが、同じ飛び鉋のお皿でも窯元によって表情がまちまち。作り手の個性もあるでしょうし、年代の差もあるかもしれません。素朴で力強く、土着的な印象を受ける器を作られている窯元もあれば、少し洗練された現代の器の印象を受ける器を作られている窯元もあります。

しばしば宴会が行われるという小鹿田皿山唯一の食事処「そば茶屋」では、小鹿田焼がふんだんに使われ、民陶と言われる小鹿田焼の美しさと大らかさを堪能できます。小鹿田では民陶祭も行われているので、是非足を運んで見てみて下さい。




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