瀬戸本業窯

瀬戸本業窯

水野半次郎

  • 愛知県瀬戸市

略歴

水野 半次郎(六代)
1958年 柳宗悦の民藝思想に感銘し、師、バーナード・リーチ、濱田庄司の指導により瀬戸本業の仕事に新たな認識と確信を得る
水野 半次郎(七代)
1975年 その父に師事し七代目半次郎後継者として日々作陶
1985年 日本民藝展入選
1995年 洞本業窯が市文化財に指定
「窯垣の小径」行政と共に完成させる
2000年 名古屋駅ツインタワーズ内18 階「華雲」にて黄瀬戸陶壁を作陶
阪急うめだ本店美術画廊にて、水野半次郎襲名披露の個展を開催
2003年 日本初(明治)の本業タイルを復元 瀬戸市道(洞街道)に装飾
2006年 ニューヨーク近郊コネチカットにて、ウォーレン・マッケンジー氏(米:リーチの子弟)とワークショーと作陶展を開催
2013年 日本民藝館展「奨励賞」受賞 三彩大皿
水野 雄介(八代後継)
2011年 豊田市民藝館にて濱田庄司氏の孫・濱田琢司氏らとパネルディスカッションをおこなう
2012年 大阪民藝館にて開催された「みんげいゼミ」で講師を務める
2013年 日本民藝展入選
2013年 松本民藝館にて講演会をおこなう
岡田准一司会「Growing Reed」にて対談出演
2017年 国宝応援プロジェクトの一環で「日清食品」「和樂」「瀬戸本業窯」の三社にて縄文土器クッカー制作
日本民藝館展「奨励賞」受賞 鉄釉筋文六寸皿
2021年 伝統文化ポーラ賞 地域賞受賞
2022年 瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム[瀬戸民藝館]開館

一般的に瀬戸というと磁器を思い浮かべる方が多いかもしれません。文化年間と呼ばれる1800年頃に染付の開発により古くから伝わるやきもの陶器作りから磁器製造へ多くの窯元が転換したそうです。そんな時代の流れにはのらず鎌倉時代以来伝わる伝統ある陶器作りを守り続け、現在8代目まで継承されている窯元が瀬戸本業窯です。

瀬戸本業窯は昔ながらの分業制を守り、轆轤を回す人、絵付けをする人など、一つの行程を専任の職人が行っています。一つ一つの行程にそれぞれ職人が必要になる訳ですから、1つの器を作るために熟練した数人の職人の手を介して器が作られます。現在、少人数で窯の運営を行っている所が多く、以前は分業制だった窯元も1人の職人が最初から最後まで全ての行程をするところが多くなっています。そんな昨今の状況下、瀬戸本業窯では分業制を通し器作りをされています。

瀬戸本業窯が伝統を守り、そして時代の流れや家族形態の変化に応じて使い手がより使い易くあるべきものとして仕事をしてきた器は、実用的でありながら華麗さと品格が際立つ器ばかりです。それは地元瀬戸のこだわり抜いた土や熟練した職人たちによる美しい器の形だけではなく、手間ひま欠けて自分たちで作る釉薬によるところも大きいかと思います。主に黄瀬戸と呼ばれる美しいガラス状の層を作る灰釉。一時なりを潜めたものの平安時代より更に前から存在し、後に織部へと発展する緑釉。もともと低温焼成により作られていた為、耐久度が弱かったものを瀬戸の高い技術で高温焼成に成功し美しさと耐久度どちらも兼ね備えるようになった三彩。線を施す職人の息吹さえ感じられる品格ある麦藁手が瀬戸本業窯の主軸となる釉薬で、それ以外にも染付や温かみを覚える乳白色の卯の斑(うのふ)など多種多様な技法と色があります。

また瀬戸本業窯は、瀬戸のやきものの文化を守ろうと長年活動されています。瀬戸へ赴く人は恐らく誰でも皆行かれたことがあるかと思いますが、昔ながらの瀬戸の焼き物が重ねられ長い壁面となっている坂道は、瀬戸のやきものの資料館へと続きます。これらは瀬戸本業窯の現窯主7代目水野半次郎氏の働きにより、行政も加わることになり未来へ存続・継承されることになったそうです。本業窯とは鎌倉時代以来瀬戸に伝わる陶器の手仕事を行う窯のことを本業窯と言います。その本業窯という看板をしっかりと背負い、瀬戸のやきものの伝統をしっかりと継承していこうとされている確固たる姿勢は8代目水野半次郎を後継する水野雄介氏にも受け継がれています。この姿勢は瀬戸本業窯が存続する限り伝えられるものなのだろうと、窯へお邪魔しお話をお伺いし、そこで作られたものを拝見すると感じます。是非、瀬戸本業窯の仕事を手に取ってご覧下さい。

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